医師という職業は、日々多くの生と死に向き合う責任を伴います。命を救うことが使命である一方で、時に避けられない「死」に直面することもあり、その頻度は一般の人に比べて圧倒的です。そんな環境に長く身を置いたとき、人の死に対する感覚──いわゆる「生死観」は変化するものなのでしょうか?本記事では、医師の生死観の変化と、それに伴う心の葛藤や対処法について掘り下げていきます。
医師が直面する「死」のリアル
病院や救急の現場では、医師は日常的に患者の死と向き合います。救えなかった命、突然の心停止、延命の限界──こうした状況が積み重なれば、それが日常となり、「死」に対して感情を抑えざるを得ない瞬間も出てきます。
特に集中治療室や救急医療に関わる医師は、1日に複数の死亡例に立ち会うこともあります。そのような環境では、冷静な判断力を保つために、感情を切り離す「プロの顔」を持たなければならないのが実情です。
生死観が「壊れる」のではなく「変化」する
医師の中には「死に慣れる」という表現をする人もいますが、それは感覚が鈍くなるというよりは、死に対する捉え方が変化していくという意味合いが強いようです。医療の限界や人間の寿命と向き合う中で、「避けられない死」に対して、自然な受け止め方ができるようになるのです。
ある医師は「最初のころは患者さんが亡くなるたびに泣いていたけれど、次第に“できることをやり切った”と感じるようになった」と語っています。つまり、生死観が壊れるというより、現実に即した「変容」が起こるのです。
死に対する感情を抑える理由
患者の死に毎回強い感情を抱いていては、医師自身が心を病んでしまいます。そのため、医師は意識的・無意識的に「防衛機制」を働かせています。これは、心のバランスを取るための正常な反応であり、冷たいからでも無関心だからでもありません。
また、常に感情的になってしまっては、冷静な判断ができず、次の患者にベストな対応ができなくなります。こうした理由から、医師は一見クールに見える態度を取ることが多いのです。
それでも失われない「人としての感情」
医師の中には、表面上は冷静に見えても、心の中では深く傷ついている人もいます。夜中に亡くなった患者の家族に電話をかける手が震える、という話は決して珍しくありません。
また、特に感情移入していた患者が亡くなった際に、帰りの車の中で涙する医師もいます。つまり、職業上の冷静さと人間としての感情は共存しており、決して「壊れて」いるわけではないのです。
医師のメンタルケアと今後の課題
最近では、医師自身のメンタルケアの重要性が注目されるようになってきました。過労や心的外傷(PTSD)に陥る医師もおり、同僚やメンタルヘルスチームとの連携が推奨されています。
「感情を切り離すこと」と「人としての共感」を両立させるのは難しい課題ですが、それでも医師たちは日々そのバランスを模索しながら職務にあたっています。
まとめ
医師が「死」に対して感じることは、決して無感情でも、冷淡でもありません。むしろ、数多くの死と向き合う中で、感情を抑える術を身につけ、「生」と「死」を現実的に受け入れるようになるのです。生死観は壊れるのではなく、職業的責任と人間性のバランスの中で、少しずつ変化していくものだと言えるでしょう。